北海道科学技術総合振興センター
H-RISE 幌延地圏環境研究所
〒098-3221
北海道天塩郡幌延町栄町5番地3
TEL 01632-9-4112
FAX 01632-9-4113
プレスリリース : 地中の未利用有機物資源―腐植物質―を分解する微生物を世界で初めて捕獲
プレスリリース
平成28年 1月 8日
ノーステック財団
国立大学法人広島大学
地中の未利用有機物資源―腐植物質―を分解する微生物を世界で初めて捕獲
1.概要
公益財団法人北海道科学技術総合振興センター(ノーステック財団) 幌延地圏環境研究所 (H-RISE)は、国立大学法人広島大学との共同研究で、地下環境に豊富に存在する未利用有機物資源である腐植物質(注1)を、地下環境の状態に近い嫌気(無酸素)条件(注2)で分解できる微生物の捕獲に成功しました (Clostridium sp. HSAI-1株の捕獲(注3))。
現在まで、難分解性の有機物である腐植物質は、酸素を利用する好気性の微生物により分解されると考えられており、その反対の条件である嫌気性の微生物が腐植物質を分解することは困難であると考えられてきました。しかし、本研究では、嫌気(無酸素)条件である地下環境より地下水サンプルを採取し、その中から、腐植物質を嫌気(無酸素)条件で分解する微生物を世界で初めて捕獲し、地下環境由来の腐植物質が微生物により嫌気的に分解できることを示しました。
- - - - - -
本成果は、2016年1月8日付(日本時間)の英国の科学誌サイエンティフィックリポーツ(オンライン版)に掲載されました。サイエンティフィックリポーツは自然科学と臨床科学のあらゆる領域を対象としたオープンアクセスの学際的電子ジャーナルであり、Natureグループよりオンライン版で発行されています。
詳しい内容は以下の論文をご覧ください。
タイトル: Anaerobic decomposition of humic substances by Clostridium from the deep subsurface
(地下環境より獲得したクロストリジウム属細菌による嫌気条件下での腐植物質分解)
著者: 上野 晃生1、清水 了1、玉村 修司1、奥山 英登志2、長沼 毅3、金子 勝比古1
所属: 1幌延地圏環境研究所、2北海道大院・環境科学院、3広島大院・生物圏科学研究科
URL : http://www.nature.com/articles/srep18990
- - - - - -
2. 背景
堆積物・堆積岩に代表される地下環境は、酸素がない嫌気的な環境と考えられています。そこには酸素による風化の影響を受けない大量の有機物が未利用の状態で残されています。これらの有機物は、石炭をはじめ、一般的に分子の形が大きく構造が複雑であり、微生物による分解が非常に困難であると考えられてきました。
幌延地圏環境研究所(H-RISE)では、平成24年度より長期研究ビジョンとして「褐炭層や珪質岩層等に含まれる未利用有機物を微生物の作用によりバイオメタンに変換する方法の開発」を行っております(http://www.h-rise.jp/h_rise/project.html)。H-RISEの先行研究で、地下環境に棲息するアーキアという微生物が、小さな構造の餌物質を使い、天然ガスの一成分であるメタンを作ることを明らかにしました。しかしながら、その餌となる物質がどこから由来しているのかは長年不明でした。
本研究では、メタンを作るアーキアの餌物質候補として、地下世界の殆どを占める嫌気的な環境に存在する腐植物質の微生物分解に着目しました。嫌気的な環境でこの物質を分解できる微生物が発見できれば、地下環境でのメタン生成機構の理解に一歩前進となるだけではなく、将来的には、地下の未利用有機物を微生物により分解し、分解後に生じると考えられる物質を他の用途へ利用すること、例えばメタン生成や、工業的に有用な物質生産への適用が可能であると考えています。
3. 研究手法
研究グループは、過去に様々な深部地下環境から試料を採取し、これまでの地下微生物研究で取得した様々な嫌気性微生物の集積培養物より、嫌気条件で腐植物質を分解する微生物の単離と選抜を行いました。単離した微生物の同定は16S rRNA遺伝子(注4)の塩基配列解析によって行いました。腐植物質分解の確認は、北海道大学アイソトープ総合センターの実験施設を利用し、放射性同位元素14Cで標識した腐植様物質(14Cポリカテコール; 以降14C-HA)を用いた培養実験により、14C-HA の微生物分解で14CO2が生じるかどうかによって確認しました。また、市販の腐植物質(Aldrichフミン酸)および本研究所が研究フィールドとしている道北地域の地下環境より採取した珪藻岩(声問層)から調製した腐植物質(声問フミン酸)も用い、微生物培養後の腐植物質を培養液より抽出後、機器分析によって分析しました。
4. 研究成果
地下環境に由来する試料から、嫌気条件で腐植物質を分解する微生物の単離に成功しました。16S rRNA遺伝子(注4)の塩基配列解析の結果、本研究で得られた微生物は、Clostridium属細菌に分類されることが分かりました。
14C-HAを用いた実験では、 HSAI-1株を接種していない対照実験群と、HSAI-1株を接種した実験群を同期間培養し、14CO2 が生じているかどうかを確認しました。その結果、対照実験群に比べ、HSAI-1株を接種した実験群では14CO2 が有為な差で生じていることが分かりました (図1)。これは、HSAI-1株は嫌気条件下で腐植物質を分解する能力があることを示しています。
次に、市販の腐植物質(Aldrichフミン酸)および本研究所が研究フィールドとしている道北地域の地下環境より採取した珪藻岩(声問層)から調製した腐植物質(声問フミン酸)の2種類をそれぞれ用い、HSAI-1株の培養で分解が生じるかどうかの実験を行いました。フミン酸を培養液から抽出した後、高速サイズ排除クロマトグラフィー(HPSEC)により分子質量分布を分析しました。その結果、HSAI-1株の28日目の培養で、フミン酸の分子質量が減少していることがわかりました(図2)。フーリエ変換赤外分光分析(FT-IR)の結果では、HSAI-1株の28日目の培養で、出現した吸収帯だけではなく、消失した吸収帯もあることから、腐植物質の分解と分子構造の変化が生じていることが分かりました。
5. 考察
本研究により、地下環境から単離したClostridium sp. HSAI-1が、嫌気条件下で腐植物質を分解することが分かりました。この成果は、地下環境の隠れた炭素循環において、嫌気的な条件での腐植物質分解のさらなる理解に繋がると考えられます。他の先行研究では、嫌気条件で腐植物質を分解する微生物の存在は推定されていましたが、実際に微生物を単離し、実験的に確認を行ったのは本研究が初めてとなります。
残念ながら、腐植物質分解後にどのような物質ができているのかは本研究で明らかにすることはできませんでした。今後の研究課題として現在も研究を継続中です(図3)。
6. 今後の展望
今回の発表により、今まで使われていなかった地下環境中の有機物(石炭や土壌中の有機物など)を、地上に運ぶ手間をかけずに原位置で微生物分解させ、他の有用物質に変換可能な技術に適用ができると考えています。今回発表した研究をさらに発展させることにより、将来的には資源に乏しい日本において、地下環境有機物を新たな資源として利用することが期待できます。H-RISEでは今後、腐植物質の分解後にどのような物質ができているか、腐植物質分解後の物質をメタン生成アーキアが実際に利用しメタンを生成できるのかどうか、HSAI-1株の有用性はどうか等の研究を展開していく予定です。
- - - - -
用語解説
注1: 腐植物質 :
ほぼあらゆる環境の土壌や天然水に含まれる「天然有機物」の1つ。地殻内の巨大な‘炭素貯蔵庫’である(地殻内炭素の約10%;残りの大部分は石灰岩として存在)。大量に存在するが難分解性で生物的にはほとんど利用されていない。朽ちた木や動植物の遺骸等が風化等で分解された後、長期間の様々な化学反応を経て形成されると考えられている。この意味で‘生物と化石の間’といえる非生体有機物(有機分子)である。分子としてはとても大きくて複雑かつ多種多様なので、ひとつの純粋な分子として扱うことができない。身近な例として石炭にも含まれている。
注2: 嫌気的条件 :
生物が関わる現象のうち、酸素が無い条件で生命現象を行う条件。逆に、酸素を使って生命現象を行う条件を「好気的条件」という。
注3: Clostridium sp.(Clostridium属細菌)
土壌内部や生物の腸内などの酸素濃度が低い環境に棲息する偏性(絶対)嫌気性細菌の一種。有名な嫌気性細菌の一種。酸素存在下(好気的条件)では生育できないという特徴がある。
注4: 16S rRNA遺伝子
微生物の同定の際に用いられる遺伝子。この遺伝子の塩基配列を特殊な装置で読み、その結果を既存のデータベースと比較することにより、どのような微生物であるかを推定することが可能である。